海外裁判所見学記

2018年2月22日 木曜日

ペルーの汚職専門裁判所等(2017年)


 <陸軍現代博物館>
 2017年8月31日早朝、リマ空港に到着した。リマ空港から少し車を走らせると、スラム街を通るが、川の両側にはゴミがうず高く積まれており、首都の空港近くにこのようなスラム街が広がっていることに、最初のカルチャーショックを受ける。
 リマ空港から、「陸軍現代博物館」に直行した。同博物館は、リマ市内から遠く離れた陸軍の施設内にあり、予約が必要なので、一般の観光客はほとんど行かないらしい。ガイドのIさん(ペルー在住20年の日本人)によれば、2017年は在ペルー日本大使公邸占拠事件が解決した1997年から20周年にあたることから、自衛隊の方を案内したそうだ。
 1996年12月17日夜、リマのペルー日本大使公邸で、恒例の天皇誕生日祝賀レセプションが行われたが、その最中に、テロリスト14名が、空き家となっていた隣家の塀を爆破して襲撃した。大使館員・ペルー政府の要人・各国ペルー大使・日本企業のペルー駐在員らが人質となり、翌年4月22日に特殊部隊が突入し、人質を解放するまで4ヶ月以上にわたって日本中を震撼させたが、その突入作戦のシミュレーションが行われた建物が「陸軍現代博物館」となっている。日本大使公邸と全く同じ材料で同じ間取りの建物を造り(内装が施されていないだけで、大きな2階建ての立派な建物だった。)、隣地からこの建物までトンネル(思ったより幅が広い)を掘って、地下トンネルから建物1階のフロアーを爆破させ、突入訓練をしたということだが、シミュレーションのために、これだけの施設を造り、わずか4ヶ月で突入作戦を実行し、人質を解放した危機管理能力の高さとスピード感に驚いた。人質1名と特殊部隊の隊員2名が亡くなったそうだが、亡くなった人質は最高裁判事で、突入の際、心臓発作で亡くなったらしく、博物館内には、その葬儀の時の写真も展示されている。陸軍現代博物館の正面入口には、死亡した隊員2名の立派な胸像が飾られており、この2名の生涯を展示した部屋もある。テロリストは、トゥパク・アマル革命運動のメンバーで、首謀者2名を除くと10代の若者も多く、特殊部隊が突入した際は、1階でサッカーに興じていたそうだ。全員が射殺されたらしい。1階から2階に昇る階段には、覆面姿のテロリストの人形が立っており、ぎょっとさせられる。
 陸軍現代博物館は、軍の敷地内にあるので、博物館を出ると、訓練の銃声が頻繁に聞こえる。遠くの山裾から中腹には、貧困層の粗末な住戸が立ち並ぶ。Iさんの話では、リマ在住の900万人のうち、300万人はその日暮らしで、物売りをしたり、ゴミを集めたりして生活しているそうだが、ペルーは食べ物が豊富で物価が安いので、何とか生活できるらしい。「すごいところに来たなあ。」と思いつつ、陸軍現代博物館を後にしたが、遠くても行く価値のあるところだった。

<リマの裁判所等>
1.汚職専門裁判所の傍聴

 9月1日午前中に、リマ市内にある裁判所の傍聴に出かけた。最高裁判所のすぐ近くにある5階建てのビルで、ガイドのIさんも初めて訪れたそうだ。裁判所職員の話では、汚職事件専門の裁判所らしく、15ある法廷等で毎日審理等を行っており、審理期間は1ヶ月~1年位ということだった。
 入ったところは、5階まで吹き抜けになっていて明るい。パスポートを提示して、1階の法廷に入った。法廷は、東京地裁の通常法廷よりやや狭く、天井も低く、全体的に簡素な造りである。法服を着た男性の裁判長に向かい合う形で、弁護士及び検察官の席があり、その後ろが傍聴席となっているのは、欧米の法廷と同じである。裁判長の座っている机の中央付近には、カトリックの国らしく小さな十字架が立てられ、机の両脇には小さな裁判所の旗とペルー国旗が立てられている。向かって左手に証言台があり、右手の壁面にパソコンの内容(証拠)を大きく表示する画面があり、その手前では、カメラで法廷を撮影している。さらに、その横には、裁判長に水を差し入れる女性職員が立っていて、途中で水の入ったコップを裁判長に差し入れたのが珍しかった(日本の裁判所では、裁判長に水を差し入れることはない。)。法廷の遣り取りは全てスペイン語なので全く分からないが、Iさんの説明によれば、役人の汚職事件のようで、弁護士が領収書の話を色々しているらしく、右手の画面には、領収書が表示されていた。
 続いて、4階にある先ほどの法廷より狭い部屋を傍聴した。ここは、女性裁判官に向かい合う形で、女性弁護士と男性検察官が着席しているが、先ほどの法廷と比べると当事者間の距離はずっと近い。向かって左側の席では、書記官がパソコンで遣り取りを入力している。裁判官の机の両端に裁判所とペルーの小さな国旗が立っているのは法廷と同じであるが、十字架はなかった。Iさんの説明では、正式な裁判を請求するかどうかの予備審理のようなものをやっているようだ。検察官はスーツ姿で、女性弁護士もきちんとした服装をしていたが、女性裁判官は、紫色のセーターを着て、メダルがついた白いリボン(裁判官が着用するもの)を首にかけており、一番ラフな服装だった。3階には、検察官用の部屋もあった。
 現在、この裁判所でやっている一番大きな裁判は、前大統領も関与したと言われているブラジルの大企業の汚職事件らしい。Iさんの話では、有名な裁判はテレビ中継されるそうで、1週間に2~3回は、テレビニュースで裁判の様子が中継されるらしい。6~7年前のフジモリ元大統領の裁判の際は、午後の2時間、生中継されたそうだ。殺人、強盗、窃盗のような一般事件は、刑務所の敷地内にある建物で裁判が開かれると聞いてびっくりした。刑務所の敷地内で裁判が開かれるというのは、日本では考えられないが、リマはひどい交通渋滞があるので、護送の手間がかからず、逃走のおそれもないこの方法は、リマでは合理的なのかもしれない。
 それにしても、汚職専門の裁判所があるとは、どれだけ汚職事件が多いのかと、日本との違いに驚いた。日本では、汚職事件専門の裁判所など聞いたこともないが、南米では汚職事件が地位の上下を問わず蔓延しているために、このような5階建てのビルで毎日沢山の事件が審理されているのだろう。

2.最高裁判所の見学

 汚職専門裁判所を傍聴した後、すぐ近くにある最高裁判所を外から見学した。最高裁判所は、欧米の裁判所で見られるような重厚な建物であり、入口に2名の屈強そうな男性職員が立っているので、外部からの撮影に留めた。入口は金色の飾りが施され、その奥は広そうだが、暗くてよく見えなかった。


 3.教員のスト、アルマス広場
 最高裁判所の近くにあるリマ美術館を見学した後、歩いてアルマス広場に向かったが、途中で、教員のデモ隊に出会った。Iさんの話では、教員が賃上げを要求して、70日あまりのストをやっているそうだ。教員のせいか、デモ隊は比較的整然としていたので怖くはなかったが、デモ隊によっては怖いこともあるようだ。Iさんの話では、ペルーの教育事情は悪く、公立学校はスト等で頻繁に休校となるので、Iさんを含め、中級以上の家庭では子供を私立学校に通わせているそうだ。私立学校も授業料に応じて色々なランクがあるそうで、貧困層は小さいときから十分な教育も受けられず、取り残されていくことを強く感じた。
 アルマス広場の周辺には、大統領官邸、カテドラル、サンフランシスコ教会等が立ち並び、スペイン統治時代の雰囲気が色濃く残っている。サンフランシスコ教会の中に入ったが、スペインの影響を強く受けながらも、黒人の聖人やマリア像の服装などに南米らしさを感じた。
  
<オリャンタイタンボ遺跡>
 9月2日早朝にリマ空港を発ち、約1時間半のフライトでクスコに到着した。クスコは標高3400メートルの高地にある。高山病を避けるために、車でウルバンバに移動し、途中、「聖なる谷」と呼ばれるウルバンバ渓谷にあるオリャンタイタンボ遺跡(インカ帝国の砦の遺跡)を見学した。マチュピチュのように有名ではないことから、事前の知識も乏しかったが、素晴らしい遺跡だった。急な斜面に段々畑のように石を積み上げた大遺跡が広がり、その間にある階段をゆっくり昇るが、約2800メートルの高地にあるため、すぐに息が切れる。階段を上りきったところに広場があり、6枚の巨大な岩を屏風のように並べた建造物があるが、これほどの巨石をどのようにして頂上まで運んだのか、想像するだけで、インカ帝国の人々のすごさを感じる。階段の途中や頂上の広場からは、アンデスの山々に囲まれた大遺跡や麓の村が見渡せ、事前知識がない分、これまで見たこともないような美しい景色に感動した。
 麓にあるオリャンタイタンボ村は、インカ帝国時代の水路が縦横に走り、路地には色鮮やかな民族衣装を身につけた小さな子供達が遊んだり、物売りの母親のそばに座っていて、とてもかわいらしい。まるでインカ帝国時代にタイムスリップしたような村で、マチュピチュにはない魅力があった。オリャンタイタンボ駅からマチュピチュ駅までは、列車で約1時間半の旅だが、アンデスの山々に囲まれたウルバンバ川沿いの国立公園を通るので、南米独特の景観が楽しめる。
 高山病を防ぐために、ウルバンバに2泊、マチュピチュに2泊して身体を慣らし、マチュピチュから列車に3時間45分乗車して、インカ帝国の首都クスコに到着した。

<クスコの裁判所>
 9月6日は、クスコの裁判所を見学する前に、ジャネット裁判官(女性の裁判官)と裁判所近くの喫茶店で待ち合わせて、クスコのガイドのYさん(日本人)と一緒に話を伺った。クスコに長年住んでいるYさんにとっても、スペイン語の裁判用語は難解らしく、辞書を引きながらの通訳となった。
 ジャネット裁判官は、家事事件や家庭内暴力事件等を担当しているそうだが、500件くらい担当しているので非常に忙しく、自宅でも仕事をしているそうだ。ペルーでは、裁判官は男女同じくらいか、最近では女性の方がやや多くなっているらしい。ペルーでは汚職事件が多いが、汚職事件の9割は男性が占め、女性には汚職が少ないことも、女性裁判官が多い理由ではないかということだった。ペルーでは刑務所が混んでいるので、軽い窃盗のような事件は略式裁判にかけられ、清掃等の社会奉仕が課されるそうだ。
 リマの汚職専門裁判所で、裁判官が白いリボンにメダルがついたものを首にかけていたのを思い出し、尋ねたところ、これは裁判官を示すもので、メダルには裁判所のシンボルマークが刻まれ、リボンの色は、地方裁判所が白、高等裁判所が赤、最高裁が赤と白という説明だった。

 ジャネット裁判官との面談後に、クスコの裁判所の見学を予定していたが、この日は、職員が48時間のストライキ中ということで、裁判所の正面及び横の入口には、横断幕が掲げられ、一般人は裁判所に入ることができない状態だった。裁判所がストライキなど、日本では想像もできないが、ペルーでは珍しくもないのか、ジャネット裁判官は、裁判所の横から入り、入口に座っている職員に声をかけ、お互いにハグをして頬にキスすると、何事もないかのように、ここを通り抜けて、私達を裁判所内に案内してくれた。裁判官と職員がお互いにハグして頬にキスをするというのも、日本では考えられないような親しさだ。ジャネット裁判官は、裁判所内で会った弁護士ともハグしていたので、ペルーでは挨拶代わりというところか。




   

       

 裁判所内はやや古いものの、廊下は広く、窓越しにはクスコらしい景色が広がっていた。民事事件は開かれていなかったが、緊急性がある刑事事件は審理されていた。刑事事件を傍聴することはできなかったが、どのような刑事事件が多いのかと尋ねたところ、ペルーを含め南米では人身売買・臓器売買が多いらしく、若い臓器が取引されるので、被害者は18歳以下が殆どを占めると聞いてゾッとした。人身売買が珍しくないことから、両親の一方が子供と旅行する際は、許可証が必要らしい。リマ市内でも、高い塀と鉄条網が張り巡らされた住戸が多かったが、リマのガイドのIさんが住んでいるマンションでもガードマンを雇っており、自宅マンションに入るために3つの鍵が必要だと話していたのを思い出し、南米で安全に暮らすことの大変さを、改めて感じた。
 スト中であるため、駆け足の見学となったが、見ず知らずの日本の弁護士に対し、スト中の裁判所を案内して下さったジャネット裁判官のご親切に心から感謝し、裁判所の見学を終えた。

 

 

投稿者 ソフィア法律事務所 | 記事URL

2015年11月16日 月曜日

アメリカ西海岸の法律事務所・裁判所等(2014年)

<法律事務所訪問>
1.モルガン・ルイス法律事務所訪問
 平成26年8月11日、サンフランシスコにあるモルガン・ルイス法律事務所にカーラ弁護士を訪ねました。カーラ弁護士とは面識はありませんでしたが、TMI法律事務所の長坂弁護士を通じてオフィス訪問をお願いし、了解を得ていました。TMI法律事務所がシリコンバレーに支店を出すという日経の新聞記事を見て、図々しくも、弁護士会で同じ派閥であるというだけのご縁を頼りに、長坂先生にシリコンバレー支店の見学をお願いしたところ、快諾していただきました。併せて、サンフランシスコのローファームも見学したいとの要望についても、ご親切に対応していただき、本当に感謝しています。 
 モルガン・ルイス法律事務所は、アメリカ、ヨーロッパ、中近東、アジア等の28ヶ所(2015年現在)にオフィスを有するグローバルなローファームです。サンフランシスコのオフィスに所属する弁護士数は100名以上とのことでした。ビル1階の受付でパスポートチェックを受ける必要があり、セキュリティは厳重でした。
 カーラ弁護士は、ウィスコンシン州出身の女性弁護士で、ご専門は知的財産権です。日本の弁護士とも一緒に仕事をすることがあるとのことで、しばしば東京にも行かれているそうです。手土産にお香を差し上げたところ、大変喜んで下さいました。カーラ弁護士とは初対面でしたが、気さくな方で、受付や会議室のほか、空室となっている執務室まで見せていただきました。サンフランシスコのオフィスは、フィシャーマンズワーフ近くの高層ビルの25~28階にあり、案内された会議室からの景観は、素晴らしいものでした。会議室の大きな窓一面にサンフランシスコ湾が広がり、ゴールデンゲートブリッジやアルカトラズ島まで見渡せる景観は、おそらくサンフランシスコ市内でも有数のものと思われます。
 ただ、この景観を別とすれば、オフィスの受付や会議室の内装は比較的シンプルで、日本の(数百名以上の)大手法律事務所の方がずっと豪華なように感じました。河野は、約25年前のいわゆるバブル時代に、西海岸のローファームを見学したことがありますが、当時、日本の司法試験の合格者は毎年500名程度(現在は2000名程度)でしたので、日本の法律事務所は最も大きいところでも所属弁護士が数十名だったように記憶しています。当時、初めて見るアメリカのローファームは、規模、豪華さ、弁護士の執務環境のいずれをとっても日本の法律事務所とは比較にならない素晴らしさで、圧倒される思いでした。今回は、ロサンゼルスのローファームも見学しましたが、当時と比べると、少なくとも設備面では、現在の日本の大手法律事務所は、全く見劣りしないように思います。また、25年前のアメリカ西海岸のローファームは、弁護士1名に秘書1名が配置されていたように記憶していますが、現在は、IT化が進んだためか(加えて、ローファーム間の価格競争が厳しく、コスト削減の必要があるのかもしれませんが)、弁護士3、4名に秘書1名程度の配置であり、秘書席も当時のような賑わいはありませんでした。
 カーラ弁護士からは、日本と同様にアメリカでも弁護士が就職難であること、カルフォルニア州は、1年で2万人が司法試験に合格することなども伺いました。英語ができないために、ごく簡単なやり取りしかできませんでしたが、日本がアメリカの後追いをしていることは確かなようです。モルガン・ルイス法律事務所のようなローファームに採用されるのは、ごく一握りのエリートであり、ローファーム内でもパートナーになるための熾烈な競争があることでしょう。25年前と現在の日本の法律事務所を取り巻く環境の激変を改めて強く感じたローファーム訪問となりました。

2.TMI法律事務所シリコンバレーオフィス訪問
 TMI法律事務所シリコンバレーオフィスは、シリコンバレーにあるパロアルトという町のメインストリートから、一歩入った低層ビルの2階にあり、日本の会社では、TMI法律事務所以外に、住友系の会社等2社が入居していました。パロアルトは、スタンフォード大学に隣接した緑豊かな美しい街です。こんな街だったら喜んで赴任したいと思うことでしょう。TMI法律事務所シリコンバレーオフィスを実際に拝見し、とても良い立地を選択したうえで、無駄がない形で支店を運営されていることを知り、なるほどと納得しました。
 シリコンバレーオフィスでは、赴任したばかりの小渋高弘弁理士からお話を伺いました。小澁先生とは初対面であるにも関わらず、オフィス訪問後、近くのギリシャレストランで、美味しい料理とカリフォルニアワインのランチをご一緒しながら、暖かくもてなしていただきました。小澁先生は、今まで知っている弁理士のイメージを覆すような、非常にアグレッシブで、まるでベンチャー企業の経営者のような雰囲気をお持ちの方です。小澁先生は、カリフォルニアの法律業務、日本の法律事務所が果たすことができる仕事の内容と展望などを熱く語られ、私たちは小渋先生のエネルギッシュな生き方に感心し、とても楽しく有意義な時間を過ごすことができました。

3.ロサンゼルスのピルズベリー法律事務所訪問
 帰国直前の8月20日に、ロサンゼルスのダウンタウンにあるピルズベリー法律事務所に木本泰介弁護士を訪ねました。木本弁護士は、弁護士会の派閥が一緒の岩永先生、町田弁護士からご紹介を受けました。木本弁護士は、外見は渉外弁護士のイメージそのままのとてもスマートな方ですが、日本の大手法律事務所で5年間執務した後、留学してカルフォルニアの弁護士資格を取得され、以来、日本及びカルフォルニアの両資格を有する弁護士として約7年間もロサンゼルスで活躍されていると伺っていますので、優秀なだけでなく、心身ともにタフで、非常な努力家でもあるのだろうと思います。木本先生にも、初対面であるにも関わらず、大変親切にご対応いただき、事務所見学後、裁判所見学やランチもご一緒していただくなど、本当にお世話になりました。
 ピルズベリー法律事務所も、世界中に18ヶ所(2015年現在)のオフィスを有するグローバルなローファームです。オフィスは、高層ビルの28階にあり、オフィス内の内装は、モルガン・ルイス法律事務所と似ていました。木本弁護士にオフィス内を案内していただきましたが、パートナーとなると、角部屋の見晴らしの良い個室も割り当ててもらえるようです。また、ビリヤード台もあるなど休憩室が充実していたのは、羨ましい限りです。

 

 ロサンゼルスはビルの建設ラッシュのようで、工事現場が幾つもありました。木本弁護士の話では、ピルズベリー法律事務所の入っているビルよりももっと高いビルがいくつか建つ計画があるそうです。ピルズベリー法律事務所の入っているビルの正面入口付近に面白いオブジェがありました。頭が壁にめり込んで、体全体が前のめりになっている男のオブジェです。説明文には社蓄になろうという意味のことが書かれていました。なぜ、この場に、このようなオブジェがあるのかは、説明文が理解できませんでしたが・・・。


<カリフォルニア州ロサンゼルス郡裁判所見学>
 オフィス訪問後、木本先生にご案内いただき、カリフォルニア州ロサンゼルス郡裁判所の傍聴に行きました。木本先生のご友人で、UCLAのロースクールに留学している木佐弁護士にも同行していただきました。法廷の外に掲示してある裁判の予定表を見ると、日本の裁判所より裁判開始の時刻は早いようでした。
 いくつか裁判を傍聴しましたが、印象に残った裁判は、保険金請求に関する裁判でした。まさに弁論が行われていましたが、裁判官が一方的に長々と話し、それに弁護士が応答するやり取りが、何回も続くという感じでした。裁判官がしゃべりまくるという点で、日本の弁論と様子が違うのには驚きました。特に、裁判官が弁護士に対し、保険法のある条項に関して「あなたの法解釈は間違っている」と指摘したのに対して、弁護士も臆することなく、「間違っていない。裁判所の解釈の方がおかしい。」と反論したところでは、傍聴席からも笑いが起こりました。
 英語でのやり取りが理解できないので、これまでの海外での法廷傍聴ではガイドに同行して貰い説明を受けていましたが、単に言葉が分かるだけでは、裁判の内容や日本との裁判の違いなど突っ込んだ質問に対しては答えきれないところがあります。木本先生には、法廷傍聴にご一緒していただき、単なるガイドでは分からない弁護士の観点からのご説明を伺うことができ、大変参考になりました。その後の木本先生及び木佐先生を交えてのランチも、とても良い思い出になりました。
 今回の旅行を通じて、小澁先生や木本先生のような40歳前後の方が海外で非常にアグレッシブな生き方をされているのを拝見し、非常に頼もしく思いましたし、時代の変化を痛感しました。日本の弁護士業界も、年々競争が厳しくなっていますが、どの時代でも優秀な専門家は必要とされており、敢えて厳しい道を選択して、エネルギッシュに生きていらっしゃる姿は、私共に大変大きな刺激になりました。  

<大学訪問>
 法律事務所を訪問する途中で、西海岸にある大学も見学しました。
 Stanford University(スタンフォード大学)は、ここが大学かと見紛うばかりに、とにかく美しく、広い大学です。世界中でモスクワ大学に次いで2番目に広い大学との説明でした。広い芝生に雑草がまったく生えていないことからも、全米屈指の私立大学としての豊かな財力が窺われました。スペイン風の建築様式、大学のランドマークとなっているフーバータワー、フレスコ画、ロダンの彫刻の美術館等、その素晴らしさには圧倒されますが、夏休みであることに加え、とにかく余りに広大なため、学生の姿を見かけることはまれでした。
 

image1  

          Hoover Tower (フーバータワー) 


 

                                                   

      
 ロダンの彫刻「カレーの市民」

                                                 


 University of California,Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校)は、スタンフォード大学とは対照的な雰囲気で、学生の数がとても多く、何か混沌としている大学という印象でした。日本の大学で言えば、早稲田大学と雰囲気が似ています。キャンパスは丘の斜面に沿ってありました。いろいろな博物館があり、図書館も自由に入ることができました。ちょうどカーネーション革命の展示を行っていました。日系の教授も多いようです。



カリフォルニア大学バークレー校キャンパス風景
 
 

 

                                       Sather Tower (セイザータワー)


 UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)は、同じUniversity of Californiaでも、バークレー校と異なり、おしゃれな雰囲気を醸し出していました。寮が丘の上にあり、スポーツが盛んな大学のようで、夏休み中も練習をしている学生をあちらこちらで見ることができました。UCLA 、UCBerkeleyともに、東洋系の学生が多いことには驚きました。


UCLAのマスコット熊Bruin





 

 

 


 
 

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2014年11月19日 水曜日

アメリカ ワシントンの連邦最高裁判所等(2013年)

【アメリカ連邦最高裁判所】
平成24年8月10日に、ワシントンのアメリカ連邦最高裁判所を訪れました。
連邦最高裁判所の建物は、写真1のパンフレットに掲載されているとおり、ギリシャ神殿を思わせる大理石作りの堂々としたものでした。ワシントンは、ホワイトハウスを見ればわかるように、場所により白色以外の建物は認められていないとのことでした。

連邦最高裁判所の見学自体は、誰でも問題なく認められます。当時は建物が修理中のためか、正面脇からの入場でした。荷物の検査があることは東京地方裁判所と同じです。カメラは、預ける必要はありませんでした。

当日は多くの観光客がいましたが、これを1グループ15、6名程度に分け、1グループ毎に職員がつき、裁判所内を案内し、説明してくれるのは、さすがアメリカだと思いました。日本の最高裁判所は、このように多くの観光客が訪れることはありませんので、このような親切なサービスはありません。私達のグループには、若い美人の女性職員がつきました。

連邦最高裁判所の内部は、写真1のパンフレットの見取り図を見ると分かるように、1階と2階が見学できます(建物自体は5階建のようです。)。建物の1階にあるシアターでは、ビデオで連邦最高裁判所の歴史を放映していました。ここで、連邦最高裁判所の概要を知った上で、法廷での説明を受ける手順のようです。最近、任命された女性裁判官エレナ・ケーガン氏の紹介もありました。

2階に上がると、星条旗が飾られ、深紅のカーテンがかかった重厚な大法廷があります。時期的に法廷は開かれていませんでしたが、女性職員が、私達のグループを相手に、連邦最高裁判所について熱心に説明してくれました。資料などを観光客に配布しながら、20分くらい説明してくれます。英語がもっと理解できればと感じる瞬間です。


 
ところで、連邦最高裁判所の裁判官は、終身制で、定年はないそうです。これは憲法で定められているとのことでした。そのためでしょうか、現在の連邦最高裁判所の裁判官には、70歳以上の高齢の方もいるようです。これに対して、日本では、最高裁判所の裁判官は、定年が70歳と裁判所法で定められています。アメリカの場合、憲法で終身制と定められているのは、歴史的背景があるのかもしれませんが、退職すべき時期は自分で判断すべきというのが、いかにもアメリカらしい気がしました。大法廷の手前には、グレートホールがあり、壁には歴代の裁判官の肖像画が掛けられていました。歴代の裁判官の像もありましたが、不勉強のため、数名の著名な裁判官以外は、まったく知らない人でした。

法廷見学を終えて、1階に降りてくると、カフェテリアや土産物店が目に入ります。イギリスの裁判所も同様でしたが、アメリカの連邦最高裁判所も、売店で、お土産品を販売するなど、商魂逞しいところがあります。連邦最高裁判所も観光地の一つという感じですが、日本の最高裁判所では考えられないことです。カフェテリアは、残念ながら時間の関係で味見はできませんでしたが、ちょっと覗いた感じでは、東京地方裁判所の食堂のアメリカ版か、もっとシンプルな感じで、それほど関心を引くものではありませんでした。

館外に出ると、再び、強烈な暑さにおそわれます。今年だけか、毎年そうなのか、ワシントンの8月は大変な暑さでした。

【ニューヨーク州のSUPREME COURT】
ニューヨークの地下鉄シティ・ホール駅の階段を上がり、地上に出ると、ニューヨーク市庁舎が目に入ります。平成24年8月16日、これを横手に見て、ニューヨーク州のSUPREME COURTを訪れました。

ワシントンの連邦最高裁判所と同様に、こちらの裁判所も、写真2のように大理石の柱が立ち並ぶ神殿のような作りで、権威を感じさせる建物でした。ガイドさんの説明では、この裁判所は、よく映画にも登場するようで、そういえば何となく見たような気もします。

入り口では、荷物だけでなく、カメラも預ける必要があります。そこで、傍聴するのに適当な法廷を教えてもらい、建物の中に入りました。外観と異なり、建物内部は、極めて実務的というか、連邦最高裁判所のように装飾が素晴らしいといった造りではありませんが、雰囲気は、いかにも裁判所という感じがします。若干古めのエレベーターで、教えてもらった法廷に向かいました。

法廷のドアをそっと開けて中に入り、傍聴席に腰を下ろします。女性の裁判官が1人と、その他、職員2、3名がバーの向う正面にいて、右側は陪審員席でした。10名程度はいたと思います。

私たちが傍聴した事件は、産婦人科医の医療過誤の民事事件でした。出産時のミスで新生児に障害が残ったという事件で、証人尋問が行われていました。代理人の弁護士がしている質問の内容は理解できませんでしたが、かなり、丁寧に、きめ細かい尋問を重ねていたことは分かりました。民事事件でも陪審員がいるのかと一瞬思ったのですが、アメリカでは、刑事事件だけでなく、民事事件でも陪審員裁判があるようです。

法廷の雰囲気は、事件の性格から、重苦しい感じがします。陪審員も、あくびをしている人はいませんでした。これまで海外の法廷を傍聴した経験では、あくびをしている陪審員は、結構います。オーストラリアの法廷傍聴をしたときもいましたし、そんなにめずらしいことではありません。

傍聴して、印象に残ったことは、州のSUPREME COURTでも証人尋問を行っていたということです。これは、日本法のみしか知らない者にとっては驚きでしたが、アメリカ法に精通している人にとっては、不思議なことではないのかもしれません。念のために、入り口のところで、ここは州のSUPREME COURTなのかと確認しましたが、そのとおりとの回答でした。

SUPREME COURT=最高裁判所との理解であったので、最高裁判所で証人尋問を行っていたことが不思議でした(日本の最高裁判所では証人尋問は行われません。)。そこで、日本に戻り、ネットで調べてみたところ、答えとおぼしき記事を発見しました。日向清人氏のビジネス英語雑記帳の2005年12月3日付の記事です。「NY州のSUPREME COURT は最高裁に非ず」と掲載されていました。詳細は、記事を参照して頂きたいのですが、要するに、NY州のSUPREME COURT は第1審裁判所に過ぎないということでした。これで納得できた気分でした。

【マサチューセッツ工科大学】
平成24年8月13日、ボストン郊外のケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)を見学しました。日本からの留学生に、2時間ほどキャンパス内を案内して頂きました。まだ若い方ですが、短時間ご一緒しただけでも、非常に優秀な方であることがよくわかります。しかも、少しも偉ぶるところがなく、真摯に研究に取り組んでいらっしゃる様子に感銘を受けました。

工科大学といわれているので、理科系の大学と思っていましたが、文化系の学部のみならず、音楽学部まであることは驚きでした。広々とした芝生の前庭やドーム型の建物といい、キャンパスのすぐ近くを川が流れている立地といい、環境的にも申し分ありません。また、キャンパス内には、診療室のみならず保育所まであり、職員や学生が利用しているとのことでした。

この大学の伝統として、洒落っ気のある、大がかりないたずらを行うということがあり、以前には、ドーム状の校舎の上に、車を引き上げて展示するということまでやったそうです。構内にその車が展示されていました。車をパーツに分解して、それを建物の屋上で組み立てたそうですが、何とも奇抜ないたずらを思いつくものだと感心しました。

工科大学というだけあって、構内には世界で最初に作られたコンピューターが陳列されており、理科系の施設が充実しています。この大学の特徴として、ノーベル賞受賞者を多く輩出しており、日本の利根川進教授の写真パネルが入口に飾られた立派な研究所もありました。パラリンピックで使用された義足を研究したり、感覚でコンピューターを操作する最先端の技術を研究するなど、多くの興味深い研究も行われていました。

学部ごとに建物の雰囲気や立派さが違うのも面白いところです。最先端の科学を研究する学部には、企業から多額の寄付が集まるので、建物も非常に立派ですが、例えば、数学科のようなところは、寄付が集まらないようで、建物も古びた感じでした。

最後にビジネススクールのカフェテリアでティータイムを取りましたが、ビュッフェスタイルで好きな料理を選べるようになっており、野菜料理も多く、思ったよりヘルシーな内容でした。カフェテリア内は、世界各国から留学生が集まり、三々五々とグループを作って、談笑しながら食事をしています。ここで学ぶ機会を持つことで、世界中にさまざまな人脈を築くことができるのだろうと思うと、うらやましい限りです。

【ハーバード大学】
翌日はハーバード大学を見学しました。ハーバード大学のキャンパスと、MITのキャンパスは、思ったよりずっと近いところにあります。ハーバードの町自体が、ひとつの観光地であり、多くの人で、ごった返していました。

ハーバード大学は夏休みですが、見学者が大勢来ています。特に、中国と韓国の子供達が集団で見学に訪れており、赤や黄色のTシャツを着た子供達の集団が、キャンパス内に、あふれかえっていました。中国と韓国からの留学生が年々増加し、日本のからの留学生が減少しているという報道を何度も目にしていましたが、事実なのだろうと実感しました。小学生か中学生の頃から、ハーバード大学を見学していれば、いずれ自分もハーバード大学に進学、留学しようという動機付けがされるだろうと思います。

ハーバード大学は、私学ですが、いかにも裕福そうに見えました。図書館はタイタニック号に乗船して亡くなった息子を偲ぶために老婦人が寄付したお金で建てられたそうで、毎年、巨額の寄付金が集まるようでした。

日本でも話題となったサンデル教授が授業をしているという大教室は、工事中のため中には入れませんでしたが、外から見学しました。かなりの大きさです。人気のある先生だけに、相当数の学生を集めるようです。

また、商売も上手そうです。構外にある生協のようなショップで、ハーバードブランドの商品がたくさん売られています。そして、よく売れています。

ハーバード大学の雰囲気からすると、学生として生活するのには、相当のお金がかかりそうです。ただし、キャンパス内にある学生寮を見学したところ、非常に狭く、机とベッドくらいの簡素な部屋でした。学生寮ごとにかなり設備は異なるそうですが、学生寮で生活するのであれば、(学費は別として)生活費はかなり抑えられるのかもしれません。

ハーバード大学でもうひとつ見学したかったところにハーバード・ロースクールがありました。ハーバード・ロースクールは、大学から少し離れたところにあり、最近、新築されたような綺麗な建物です。1階部分のみ入ることができました。ロースクールは、きっとハーバード大学の稼ぎ頭なのではないかと思うほどに豪華な造りでした。講義室がいくつか並んでおり、講義室の外の廊下の壁には、ロースクールの教授の大きな写真パネルがずらっと並べて飾られ、担当する科目が書かれていました。いずれも一流のプロカメラマンが撮影したことが一目でわかる、いかにも名門大学の教授らしい颯爽とした写真です。アメリカ連邦最高裁判所のビデオで見たエレナ・ケーガン氏の写真パネルも飾られていました。また、CASPERSEN STUDENT CENTERというホテルのラウンジのような立派な調度品を備えた部屋もありました。

ちょうど夏休みであるためか、授業の様子などを見学することができず、残念でした。大学は、建物よりも研究や学問が重視される場所ですが、このように環境も整い、学問的にも最先端のところで、一度は勉強してみたかったと思いました。

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2014年11月19日 水曜日

台湾 台北の地方裁判所(2012年)

平成24年1月5日に、台北市内にある2つの裁判所を見学しました。私たちは中国語ができませんから、旅行会社に法廷傍聴のための通訳(彼女の妹も弁護士をしているそうです。)をお願いしました。

最初に台北地方裁判所を訪れましたが、建物の入口で手荷物検査があることは、東京地裁と変わりがありません。台北地方裁判所の建物の大きさは、日本の地方都市の裁判所と同程度で、東京地裁と比べるとかなり小さいという印象を持ちました。但し、1階に訴状の受付をはじめとする様々な裁判手続きを行うためのスペース、郵便局、登記所などがまとまって分かりやすく配置されており、利用者には、とても便利だろうと感じました。


まず、民事事件の法廷を傍聴しました。3階が民事事件の法廷がある階でした。案内の係がおり、何か困っているような素振りの人を見つけると声をかけてくれます。東京地裁では、このような親切な対応はされていないので、見習って欲しいと思いました。法廷の広さは、法廷毎に異なりますが、概ね東京地裁の一般法廷よりも狭く、傍聴席から証人席に手が届くほどでした。当事者席と裁判官席には、漢字で、原告、上訴人、被告、被上訴人、審判長(裁判長のこと)などの表示がされているので分かりやすく、どこに座るかで当事者が迷うことはなさそうです。

日本の法廷と異なる点は幾つもありましたが、その一つは裁判官の名前が表示されていることです。審判長席には、「審判長●●」と表示され、陪席の裁判官席には、「法官●●」と表示されていました。裁判官席の片隅に「学習法官」と表示され、そこに若い男性が座っていました。日本の司法修習生でしたが、文字通りで、むしろわかりやすく感じました。 私たちが傍聴した法廷では、原告席と被告席は、日本の裁判所と同じで、相対する位置関係にありました。

印象的であった裁判官、弁護士、検察官の服装の話をします。日本では裁判官が法服を着用する以外、弁護士も検察官も決まった服装はありませんが、台湾の法廷では、各人の法服が決まっています、それぞれ日本の裁判所の法服に似た黒い服ですが、裁判官は首の周りから胸にかけて青色のラインが縁取りされています。縁取りの幅は相当広く7、8センチ位でしょうか。袖の部分にも同じように青色で縁取りがなされていて、とても目立ちます。この法服の色が、検察官になると、明るいアザミのような色になり、弁護士は白になります。したがって、その色を見れば、どのような立場かすぐに分かります。

私たちが傍聴した法廷では、9時40分頃から弁論が行われていました。東京地裁では、午前中の裁判は午前10時に始まりますので、台北地方裁判所の方が早いようです。また、東京地裁では、同時刻に何件もの弁論が入るので、2~30分待たされることも少なくありませんが、台北地方裁判所では、10分間隔で弁論が入っていましたので、待たされることはあまりなさそうです。私たちが傍聴した事件は、不動産の売買契約を巡る損害賠償請求事件や管理組合からの管理費の請求事件、株主であることの確認を求める事件等でした。

法廷傍聴をして一番印象的なことは、裁判所のIT化が驚くほど進んでいることでした。台湾では3年前から台北市を皮切りとして、法廷の裁判官席、原告席、被告席、証人席の各机上にパソコンを設置したそうです。法廷では、原告・被告の各代理人や裁判官が発言すると、書記官が直ちにその発言内容を要約してパソコンに入力し、その内容がディスプレー上に表示されます。各人の発言内容が即時に記録され、表示されるので、表示内容や趣旨が違っていれば、すぐさま訂正を申し入れることができます。それだけに書記官の仕事は大変で、相当の実力と集中力が要求されることでしょう。IT化することで仕事が効率的になった反面、書記官の仕事は却って労働強化されているように思いました。

証人席に設置してあるパソコンのディスプレーは、傍聴席から読むことができるほど近距離にあったので、私たちも、画面を見て事件の内容を推測することができました。訴状陳述、答弁書陳述と言った日本の裁判所でも使用される決まり文句だけでなく、不動産売買契約、同時履行の抗弁、契約解除といった日本の民法でも使用される漢字が表示されるので、概略でも事件の内容を理解できた気分になりました。ただし、常にパソコンのディスプレーに目を奪われるので、裁判官も弁護士も、お互いの顔や証人を見るよりも、パソコンを見ながら裁判を行っているような印象がします。

弁論の時間は、日本より長くとられているため、かなり充実した実質的な議論を行っていました。これらがすべてパソコンに打ち込まれ、最後に次回期日も決められ、入力されます。たぶん、これをプリントアウトすれば、弁論期日の調書になるのだと思います。

次に、刑事事件の法廷を傍聴しました。2階が刑事事件の法廷がある階でした。法廷の大きさなどは民事の法廷と同じでした。したがって、すぐ目の前に証人が座って証言をしているので、極めて臨場感のある法廷でした。証人に対する尋問が弁護人から行われていましたが、弁護人があまり意味のない尋問をしたためでしょうか、審判長が笑いながら注意している場面もありました。このような場面は、万国共通のようです。事件は、知人間の強盗事件のようでした。


台北地方裁判所を見学した後、台北高等法院を見学しました。台北高等法院は、台北地方裁判所から5分ほど離れたところにあり、刑事事件と民事事件が別の建物で行われていました。民事事件の裁判所は、写真のように煉瓦造りで、台北地方裁判所よりも立派です。

時間がなかったことから、刑事事件を一つ傍聴した後、民事事件を傍聴しました。台北地方裁判所と異なり、控訴人と被控訴人の席がお互いに対面する形式ではなく、裁判官席に対面して、控訴人と被控訴人が並んで座る形式となっていました。これは他の国でも見る形式ですが、日本では見かけないので、珍しく感じます。ちょうど、弁論が行われていましたが、録音中である旨の表示がなされていました。日本の裁判所では、通常は、証人尋問しか録音しませんので、弁論でも録音をしていることにやや驚きました。

これまで幾つかの国の裁判所を見学してきましたが、台湾の裁判所は、IT化が最も進んでいるという点で、非常に印象に残りました。建物自体の壮麗さや法廷の厳粛さという点から見ると、ドイツやフランスの裁判所の方がずっと素晴らしく、どちらかと言えば、台湾の裁判所(特に地方裁判所)は貧弱な印象さえ受けるのですが、IT化という点では最先端をいっているということで、新鮮な驚きがありました。日本の裁判所でも、台湾のように、裁判官席、原告席、被告席、証人席の各机上にパソコンが設置され、ディスプレーを見ながら遣り取りをする日が遠からずくるのでしょうか。

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2014年11月19日 水曜日

ドイツ連邦共和国 バイエルン州裁判所(2009年)

平成21年8月、ドイツ・ミュンヘンにあるバイエルン州の裁判所(地方裁判所・高等裁判所)を見学しました。

ミュンヘン市は、連邦制を取っているドイツの南部にあるバイエルン州の州都です。オリンピックやビールなどで有名な活気に溢れた、治安の良い都市でした。
ミュンヘン市には路面電車が走っています。路面電車に乗って、町中の停車場で降りると、その前が裁判所でした。厳めしい門構えはありません。写真1は裁判所の全体です。

この場所は、いわゆる官庁街ではないようで、向かい側にはスーパーマーケットもありました。そのような雰囲気の中にあるので、気軽に入れるのかと思い、入り口を入ると、検問がありました。東京地方裁判所のように厳重ではありませんが、守衛さんが入り口を固めています。この守衛さんは、国柄の違いでしょうか、半袖シャツから出た腕いっぱいにタトゥーをしています。

裁判所見学は、ミュンヘン在住のガイドさんにお世話していただきました。入場許可を得た後は、法廷、図書館等を含め、館内を自由に見学することができました。裁判所の全体の写真1からもわかるように、ヨーロッパの建造物は歴史的な建物が多く、そのためか、内部は決して明るくありません。写真2と3は、裁判所の内部の様子を撮影したものです。重厚で厳かな建物ですが、内部は、日本の裁判所と比べるとかなり暗く、ひっそりとしていました。見学者は普段からいないのか、夏季休廷中のため人がいないのかは、判然としませんでしたが、とにかく、私たち以外の見学者を見かけることはありませんでした。4階建の広い建物でしたが、1階に幾つもの銅像が飾ってある大ホールがあり、これを中心として、大きな石造りの螺旋階段が2階へと続いていました。2階以上は、構造的には各階同じで、裁判官室がたくさん並んでいました。法廷もあるようでしたが休廷のため入れませんでした。



 
その中で、一番記憶に残った部屋が白バラの造花が飾られた「白バラ事件」の法廷(写真4)でした。この事件は、1943年に、ミュンヘン大学の学生や教授らが反ナチスのリーフレットを配布して逮捕されたという事件です。彼らのグループは、白バラと呼ばれていました。彼らは、ナチスの影響下のもと、短期間のうちに裁判にかけられ、死刑判決を受けて執行されました。この裁判が開かれた法廷が、現在、この事件の展示室となっています。裁判官席と対峙する傍聴席の壁には、被告らの大きな写真パネルが何枚か飾られており、片隅には、造花の白バラが飾られた花瓶とパンフレットが置いてありました。この事件は、近年、「白バラの祈り」という映画にもなったそうです。ガイドさんの説明を聞きながら、写真パネルの若い学生らの、理知的で強い意志が窺われる顔を見ていると、この殺風景な法廷で、彼らはどういう思いで裁判を受けたのだろうかと少し感傷的な気分になりました。また、裁判所内に、このような法廷を今でも残し、過去の過ちと真摯に向き合おうとする姿に感銘を受けました。


実は、裁判所訪問の前に、私たちはダッハウ強制収容所の史跡を訪れていました。ダッハウは、ミュンヘン中央駅から列車で30分位のところにあります。強制収容所としてはアウシュビッツが有名ですが、ダッハウはドイツで初めて作られた強制収容所です。ヒットラーが首相になって数週間後の1933年3月に、政治犯用の強制収容所として建てられ、その後の強制収容所のモデルとなったそうです。先日、アウシュビッツの門に掲げられていた「働けば自由になる」とのプレートが盗難にあったとの報道がありましたが、ダッハウの門扉にも同様のプレートがありました。しかし、働いて自由になった人はいなかったとのことです。ダッハウ強制収容所の史跡には、歴史や囚人の様子等多くの展示がなされています。日本からの見学者も多いようで、日本語のパンフレットが置いてありました。

ヒットラー関連で、もう一つ訪問したところがあります。ケールシュタインハウスというヒットラーの山荘です。 バイエルン州の東端、ミュンヘンよりもオーストリアのザルツブルグに近いベルヒデスガーデンにある標高1834メートルのケールシュタイン山の岩棚に山荘は作られています。山荘に行くには、バスしか利用できないのですが、ケールシュタイン山の標高1700メートル地点まで、ガードレールもなく切り立った崖が続く曲がりくねった細い道を、大型バスでいくのですから、少しでも運転を誤れば転落死は免れず、生きた心地がしません。バスを降りた後は、山荘まで直通で、まっすぐに山を貫く黄金のエレベーターで一気に124メートルをあがります。このエレベーターの壁は真鍮で鏡のように光っています。手でさわろうものなら注意されるほどです。自分の山荘に行くために、山をくり抜いて、このようなばかでかい黄金のエレベーターを作らせたヒットラーとは、いったいどういう人物だったのかと改めて思いました。山荘は、かなり広く、食堂、喫茶室等があります。調度品の中には、ヒットラーが50歳の誕生日にムッソリーニから贈られたイタリア大理石の暖炉もありました。このケールシュタインハウスは、戦後、破壊することも検討されたようですが、バイエルン地方の福祉、教育等の事業の維持に、その利益を使うという目的で、積極的に利用することになったそうです。

今回の訪問は、ミュンヘンを中心とするバイエルン地方に限っても、今なお、ドイツがナチスと戦っていることを実感させられる旅でした。

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